世界観をもつ意味とは

哲学
独自世界観をもつことって大事ってよく聞くけど
結局なんなんよ。
 
 
 
って思ったので
自分なりに言語化にチャレンジ。

世界観をもつ意味とは

 
 
 
私の中で
世界観を強くもっているように
見える人は
おそらくだけど一つの観点からのみ世界を眺めている
 
 
そしてその一つの見え方
一つの解釈で物事にあたっている
 
 
だからこそ

ぶれないし、ゆるがないし、態度は強い。

 
 
 
多くの人は一つの観点から物事を見ようとしないので
あれこれと他の観点を参考にするため
どうしても揺らいでしまう。
 
  
だから迷う、判断に苦しむ
 
 
そういう人にとって思いもよらなかった
新しい観点を与えると
まるで全ての問題は消えていくような
感覚を覚える
 
 
 
 
 
これが言い方はそれぞれとしても
人生観、世界観、信念、哲学、偏見、思想、信仰
 
 
みたいな言葉になっていくんだと思っている。
 
 
 
 
それぞれの言葉は別の意味で使われるが
人を染め上げるという意味では
同じ意味をもっているのではないだろうか。。 
 
 
 
 
なぜこの世界観というのものが
誰かの助けになったりするのか。
 
 
 
 
それは
一つの観点をもつということは
ある意味での固定点をもつことだから
 
 
 
 
固定するということは
ぶれないしゆるがないし、何より強い
 
 
  
 
 
逆に言えば
悩む人ということは固定点がないということ
  
 
 
 
絶対と信じる価値観
何を大とし
何を小とするかの基準みたいなものがない
 
  
 
こういう固定点がないと
人は自分の住んでいる環境で
世間的な見方、自分の思考や価値観に
影響を大きく受けて判断している
 
 
 
しかしそれぞれの環境によって
それぞれの観点は違う。
  
 
 
例えば
上司や同僚の観点の影響と
家に帰ってからの観点の影響は
違う
 
 
 
 
 
 
人によってはこの観点の違い
に混乱している人も多くいる。
 
  
 
 
結局人は今この瞬間も
・何か頼れるもの
・価値の上下を判断できる
固定点が欲しいんだと思う。
 
 
 
それが強烈な世界観をもっている人に
憧れるのが本音なのかなと。。
 
 
  
 
なので人は自分に合うような観点を探す。
その代表的なものが
占いかなと。
ただ占いははるか昔からあり
迷信も多いのだが
利用しようと考える人は
そんなことは一切考えない。
というより
自分で考えることを完全に放棄しているとさえ言える
占いの曖昧さにすがっているだけなのだから。
結局行き着いた考えは
迷いながらも自分で考えて判断して生きていく
 
 
 
誰かに自分を任せたりしない。
迷っても間違っても自分で考えて自分で判断する
 
 
 
 
 

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