自分と向き合ったむき出しの気持ち

哲学
自分の向き合った結果の過程
かなり赤裸々に語ってます。
 
 
去年の私は
無計画にいろんな事に手を出しました。
 
 
そして
3ヶ月もろくに続けることがどれも
できずに何もかも
辞めてしまった・・
 
 
何かを変えたくて
でも何も変わらなくて
 
 
気持ちは本当に
今、ここにあらずの状態だった。
 
 
未来に焦り
できない自分に嫌気がさし
 
 
本当に何もかも
放り出したくなった。
 
いや、実際に放り出した。
 
そのときに
関わってくれていた人には
本当に迷惑をかけたと思っています。
 
 
あの当時は
誰かが自分を変えてくれる。
この人にすがれば
きっとなんとかしてくれる。
 
そんな他者依存の気もちが
めっちゃあった。
 
 
でも
何も変わることはなかった。
 
時間と労力とお金をただ浪費しただけ・・
 
当たり前よね。
結果が出るほどの行動を全くしていないのだから。
 
さらに
今その瞬間に自分がいないのだから。。
 
 
でも、そんなことにさえ
気がつかない自分がいた。
 
何もかも
捨てたあとに
出てきたのは、本当に弱い自分が見えた。
 
 
何もできない自分に
何かあるとできると思っている
プライドの塊のような
自分が目の前にいたわけ。
 
 
その当時一緒に何かを始めた人は
コツコツと継続して圧倒的な行動をしていたので
当たり前だけど
どんどん遠くにいくほどの
結果を出していく。
 
そして
多くのひとから賞賛されている。。
 
 
一度は同じチャンスをつかんだのに・・
 
 
これに悔しがるのが恥ずかしいから
なんでもない顔している自分がいた。。
 
てか、何も行動できていないのに
悔しがることすら意味がわからないよね。。
 
 
でも、悔しいと思ったのは事実。
 
そして
挙句の果てには
今ある環境が悪いと他のものへ責任を押し付けた。
 
 
ここまでくると
もう目も当てられません。。
 
サイテーですね。。
 
 
ただし、何をどう行っても
その時の自分も自分です。
 
今、現在はどうか。
 
今年は
やっていることや苦悩も全て
ありのまま出していきたい。
 
 
どうしても
かっこよく見せようとする。
背伸びしようとする。
無難にまとめようとする
 
だけど
もっと泥臭いことの
リアルを発信していきたい。
 
 
自分と向き合えたときに
今この瞬間を生きている実感がある。
 
そしてゆっくり周りを見渡すと
 
多くの人は今この瞬間に心がそこにはいない事に気づいた。
 
過去の縛りと未来の不安の中で行き来してる。
この状態が当たり前になって
何も感じないひとが多い。
こういう人に少しでも役にたてる
コンテンツを提供していきたい。

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