価値観の違いは当たり前である理由

哲学
今回は価値観の違いは当たり前である理由に
ついて書いていこうと思います。
 
まず前提として
私達が今見えているものは
他の人から見たら
全く違うように見えることを
知っておく必要がある。
 
全ての見え方は
個人の価値観によって
大きくも小さくも
なります。
 
例えば
車でも
好きな人は
細部までこだわるけど
足として使えたらと思っているだけなら
走ればいい。
 

同じ車をみても見え方は違う。

 
 
例えば
私を例にすると
あるストーリーに
すごい感動して
涙を流したことがある。
 
こんなに感動して
泣いたことはないと
思えるくらいだった。
 
きっと周りの人も
同じくらい感動するからと思って
紹介してみた。
 
しかし
感想は
「まあまあだったかな」
 
これを聞いたときに
ある意味
衝撃が走った。
 
最初は分からない
相手がおかしいのでは
と思っていましたが
 
落ち着いて
考えたらこれは
ある意味とても当たり前のことであると
納得しました。
 
 

「自分が感動するものに人は同じように感動するとは限らない」

 
例え感動したとしても
感動のポイントは
違ったりします。
 
でも、違いはあって
当たり前。
個性があるのだから。
 
物事の見え方は
その人の価値観によって
違うということ。
 
人間関係の構築していく
上で自分が感動したこと
嬉しいこと、嫌なこと
楽しいこと、悲しいこと
 
どういったことに
価値観をもっているのか
ここは
どんな形であれ
コミュニケーションをとっていく
ことで
共有することが大切です。
 
 
そして
もう一つ重要なことがあって

人の価値観は変わるということ

 
自分の中である習慣
パラダイムシフト(価値観の劇的変化)
が起こると
今まで白だったものが黒になります。
嫌いなものが好きになったりします。
 
人間関係において
これはよくトラブルのもとになりますが
前提として
価値観は変化するということを忘れているからです。
 
 
本質は変わらないにしても
表面的な価値観がよく変化するので
こういう柔軟性はもっていたほうがいいです。
 
自分にも相手にもですね。
変わる勇気。
そして変わったものを認める勇気。
変わることを恐れずに
変わることは悪いことではないということです。

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